Wave Function and Uncertainty
固有値のスケール感から波動関数の確率解釈、そして原子構造へ
前回、ド・ブロイの物質波からシュレーディンガー方程式を導出して、無限井戸の固有値問題まで到達した。 今回はその固有値が実際にどんなエネルギースケールを持つのかを見てから、もっと根本的な問い——波動関数 とは何かについて書く。
エネルギー固有値のスケール
1次元無限井戸の固有値は だった。準位の間隔の程度を知るために を調べてみる。
原子内の電子の場合、 kg、 m(原子の大きさ程度)として、
この程度のエネルギーを測るには、電子(電荷 C)を電圧 1 V で加速したときのエネルギー J を単位に使うのが便利で、これを1電子ボルト(eV)と呼ぶ。すると、
30 eV。紫外線の光子エネルギーと同じオーダーで、原子スペクトルの話と整合する。
原子核のほうはというと、原子核は直径 (水素)〜 m(ウラン)の球形で、中を陽子と中性子が動き回っている。 m、 kg(核子質量)とすると、
電子の運動の変化で出入りするエネルギーは eV、核内の陽子や中性子の運動の変化で出入りするエネルギーはその百万倍の MeV。 閉じ込めのサイズ が5桁小さくて、質量 が3桁大きいから、 がざっくり7桁跳ね上がる。量子力学のエネルギースケールは閉じ込めの空間スケールで決まる。
3次元の箱
方向のみを考えたけど、 方向と 方向まで考えた波動関数は、
固有値は、
3つの量子数 の組で状態がラベルされる。(立方体)だと 、、 が同じエネルギーを持つ。これが縮退(degeneracy)。対称性が高い系ほど縮退が多い。
波動関数の意味
波の伝わり方やでき方はわかったけど、わかり難いのは波動関数 ないし の意味。
波動性をもつといっても粒子性がなくなるわけではなくて、電子線回折の写真を撮るとき、1個の電子はフィルムや乾板のどこか1点を感光させる。 そのような感光点がたくさん集積されたものが写真のような模様。なんだけど、シュレーディンガー理論で計算されるのは、1個の電子の波動的な振舞。 1個の電子を表す波が結晶に当たると、回折をした結果として回折像の白い部分では が大きく、黒い部分では が小さくなる。 場所による感光度の違いが に比例する、というのが波動力学の与えてくれる結果。
実験はふつうたくさんの電子を送りこんで行うけど、ポツンポツンと1つずつ電子を送りこんで長時間かけても結果は同じ。 送りこむ電子に与える条件はまったく同じなのに、あるヤツは上の方に、あるヤツは左の方に、というように電子の行先が異なって、次の電子がフィルムのどこに達するかは全く確率的にしかわからない。 だけど、 の計算値が0になるようなところには決していかないのがルール。
個々の粒子の振舞は不確定で行先は確率的にしか予言できないけど、その確率を与えてくれるのが 。
このバラツキは、電子を送りこむときの最初の位置や速度にどうしても誤差があるために生じるのではないか、とも考えられるんだよね。 なんだけど、それだけなら回折像のような干渉模様などできるはずがない。波動性はやはり粒子に本来備わったものと見るべき。
不確定性原理
もし粒子の位置や速度を正確に定めることが実験では可能なのに計算にはそれが取り入れられていないのであれば、理論が不完全ということになるんだよね。 だけどよく考えてみると、電子のような微小な粒子の位置や速度を正確に定め、それを初期条件として以後の運動がちゃんと決まるようにする、ということはできない相談。
測定には、光を当てるなど何らかの作用をおよぼすことが不可欠だけど、それにより粒子の運動は乱されてしまう。 光は運動量をもつから(光の粒子性)、また光は波動でもあるから、その反射で位置を定めることには精度の限界がある。 こういった事情をくわしく調べたハイゼンベルクは、微視的な粒子の位置 と運動量 の測定には、どうしても越えられない不確定さの限界があることを示した。
これがハイゼンベルクの不確定性関係。
波動力学の結果はあいまいのように見えるけど、この限界を考えれば、決して不完全な理論ではないことが分かる。
完全な平面波 で表される状態では、運動量 が完全に確定している()。 すると不確定性関係から で、位置は完全に不確定。平面波が空間全体に広がっているという数学的事実と、位置が全くわからないという物理的帰結が対応している。 逆に位置を狭い領域に閉じ込めれば運動量の不確定さが大きくなる。
原子構造と量子数
水素以外の原子は複数の電子を含むから、それを正確に扱うには電子数の3倍の変数を含む複雑な偏微分方程式を解かねばならないんだけど、実際上不可能に近い。 だから、通常このような多粒子系を扱うには何らかの近似を行って問題を簡単化する。 原子の場合には、ある電子を考えるときに他の電子がこれにおよぼす力を適当な静電場で置き換え、核のつくるクーロン場と合わせてそれを で表す。 これを全部の電子に共通とし、この に対して1個の粒子のシュレーディンガー方程式を解く。
は球対称だから、 よりも極座標 を用いた方が便利。変数が3つあることに対応して、固有関数は(電話番号のように)3種の量子数 の組で番号づけられる。
は動径関数、 は球面調和関数。
は主量子数。大ざっぱに言って、 の変化に対応する運動の激しさを表す。
は方位量子数。数字 0, 1, 2, 3, ... の代わりに文字 s, p, d, f, ... で表すことが多い。核の周りを回る角運動量の大きさを表す。
(各 ごとに)は磁気量子数。 軸の周りを回る運動(角運動量の 成分)の様子を表す。
固有値は と だけによって決まり、 にはよらない。それを と記すことにする。 という同じエネルギーをもちながら で表される異なった3種類の運動が可能。このとき、この3種の状態は縮退または縮重しているという。
のとき だけしかなく、 も0だけ。運動状態は の一種類だけで、 は最低。 が有限な範囲は核のごく近傍に限られる。
のとき (s状態とp状態)が可能で、p状態に対しては の3種がある。計4種類の運動状態。
のとき (s, p, d)が許され、p状態は3重、d状態は5重()に縮退。計9種類。
以下同様にして、主量子数が のときには と の異なる 個の状態が存在する。 が0と顕著に異なる領域つまり運動の「ナワバリ」は が最も核に近く、 の4状態はその外側、 の9状態はさらにその外側、というように大体球殻状になっている。 に対するこの球殻を、それぞれ K殻、L殻、M殻、... と呼ぶ。
パウリの排他律と周期律
中性の原子(原子番号 )には 個の電子が存在する。エネルギーが最低なのは1s状態だけど、 個の電子が全部1sという運動をしたら原子全体のエネルギーは最低になるかというと、そうはいかない。ここにパウリの排他律がある。
の決まった1つの状態を、古典力学との類推で(原子)軌道と呼ぶことが多い。もちろん古典的な閉曲線としての軌道じゃなくて、実体は波動関数 。この1つの軌道に入れる電子の数は2つまで、と制限されている。同じ軌道に入る2個の電子は、それのもつスピン(自転にたとえられる運動)が互いに逆向きでなくてはならず、よってスピンに起因する固有磁気モーメントは互いに打ち消し合う。
この原理にしたがって、 個の電子をなるべくエネルギーの低い方の軌道から順につめていくと、原子全体としてエネルギーの最も低い状態(基底状態)ができる。
K殻、L殻までそれぞれいっぱいにつまった He()、Ne()はきわめて安定な元素になり、他の原子と結合することがない。3d は 4s よりもエネルギーが高いから、Ar で 3p まで充填されたときにも He や Ne と同様の安定さを示す。その次の K では電子は 4s に入る。 になってからやっとそれよりも内側の 3d にも入るようになる。
He, Ne, Ar のように安定な電子配置に、1個余分な電子の加わった Li, Na, K などは、この余分な電子を放出して安定な閉殻だけの構造になろうとする傾向がある。これは1価の正イオンになりやすいという点で共通性をもつアルカリ金属。逆に F, Cl, Br などは、もう1個電子があれば閉殻構造になって安定化するので、1価の負イオンになりやすい。これらはハロゲン族を形成する。
シュレーディンガー方程式の固有値問題とパウリの排他律、この2つから周期律表の構造が説明できる。量子力学の最も美しい帰結のひとつらしい。(多分物理の人がそう言ってた。多分ね)